前立腺肥大症とは何か?
前立腺肥大症は、男性特有の疾患です。
前立腺は膀胱のすぐ下に位置し、尿道を取り囲むように存在する器官で、クルミ大ほどの大きさをしています。この前立腺が加齢とともに徐々に大きくなり、尿道や膀胱を圧迫することで、さまざまな排尿障害を引き起こす病気が前立腺肥大症です。
50代以降の中高年男性に多く見られ、年齢を重ねるごとに有病率が上昇します。日本では約122万人の男性が治療を受けていると推測されており、高齢化が進む中で患者数は増加し続けています。
前立腺肥大症は進行性の疾患であり、放置すると日常生活に大きな支障をきたすだけでなく、膀胱結石や尿路感染症、さらには腎機能障害といった深刻な合併症を引き起こす可能性があります。そのため、早期に症状に気づき、適切な対処を行うことが極めて重要です。

見逃してはいけない前立腺肥大症の8つの初期症状
前立腺肥大症の初期症状は、日常生活の中で徐々に現れます。
これらのサインを見逃さないことが、早期発見と適切な治療につながります。以下に、特に注意すべき7つの症状を詳しく解説します。
1. 夜間頻尿:夜中に何度もトイレに起きる
夜間頻尿は前立腺肥大症の最も代表的な初期症状の一つです。
通常、夜間に1回以上排尿のために目が覚める状態を夜間頻尿と定義します。研究によれば、40歳以上の男性の約69%が夜間に1回以上の排尿を経験しており、年齢とともにその頻度は増加します。夜間に2回以上トイレに起きる場合、前立腺肥大症の可能性が高まります。
夜間頻尿の主な原因は、夜間の尿過剰産生(夜間多尿)です。症例の最大88%において、夜間尿過剰産生が主要な原因因子として関与していることが報告されています。抗利尿ホルモン(バソプレシン)の分泌リズムの異常や、肥大した前立腺による膀胱容量の減少が、夜間頻尿を引き起こします。
2. 昼間の頻尿:トイレに行く回数が増える
昼間の排尿回数が著しく増加することも、前立腺肥大症の重要なサインです。
通常、健康な成人男性の1日の排尿回数は4~7回程度とされていますが、前立腺肥大症では8回以上になることが多くなります。肥大した前立腺が膀胱を圧迫し、膀胱の容量が減少することで、少量の尿でも尿意を感じるようになります。
この症状は、仕事や外出時に大きな支障をきたします。会議中や移動中に頻繁にトイレに行く必要が生じ、日常生活の質が低下します。また、常にトイレの場所を気にするようになり、心理的なストレスも増大します。
3. 尿意切迫感:突然の強い尿意
突然、我慢できないほどの強い尿意に襲われる症状を尿意切迫感といいます。
前立腺肥大症では、肥大した前立腺が膀胱や尿道を刺激することで、膀胱が過敏になり、少量の尿でも強い尿意を感じるようになります。この症状は、外出先や就寝中に特に困難を伴い、時には失禁につながることもあります。
尿意切迫感は、前立腺肥大症患者の約84%に認められるという報告もあり、非常に一般的な症状です。この症状により、患者は常にトイレの心配をするようになり、趣味やスポーツ、旅行などの活動を控えるようになることがあります。
4. 排尿開始の遅れ:尿が出るまでに時間がかかる
トイレに立ってから実際に尿が出始めるまでに時間がかかる症状です。
肥大した前立腺が尿道を圧迫し、尿の通り道が狭くなることで、排尿を開始するのに力を入れたり、時間がかかったりするようになります。この症状は前立腺肥大症の第2期(残尿発生期)の特徴的な症状であり、病状の進行を示唆します。
排尿開始の遅れは、公共のトイレなどで他人を待たせることへの不安を生み、心理的なプレッシャーとなります。また、排尿に力を入れることで、腹圧が上昇し、痔核や鼠径ヘルニアなどの合併症を引き起こすリスクも高まります。
5. 苒延性排尿:排尿時間が長くなる
苒延性排尿(ぜんえんせんはいにょう)とは、排尿が始まってから終わるまでに通常よりも長い時間を要する状態を指します。尿が勢いよく出ず、だらだらと細い尿線が続く、排尿後もしばらく尿が切れないといった特徴があり、前立腺肥大症の初期から中等度にみられる代表的な症状の一つです。
前立腺肥大症では、肥大した前立腺が尿道を圧迫することで尿の通り道が狭くなり、尿道抵抗が増加します。その結果、膀胱は通常よりも強い収縮力を必要としますが、加齢とともに膀胱収縮力自体も低下していくため、尿を一気に排出できず、排尿に時間がかかるようになります。この「尿道抵抗の増大」と「膀胱収縮力低下」が同時に起こることが、ぜん延性排尿の本質です。
ぜん延性排尿が続くと、排尿後残尿が生じやすくなります。膀胱内に尿が残る状態が慢性化すると、尿路感染症や膀胱結石のリスクが高まり、症状のさらなる悪化を招く可能性があります。
6. 尿の勢いの低下:排尿時の勢いが弱い
尿の勢いが弱くなり、排尿に時間がかかるようになります。
前立腺肥大症では、尿道が圧迫されることで尿の流れが細く弱くなります。以前は勢いよく排尿できていたのに、徐々に勢いが弱まり、排尿時間が長くなることに気づくことがあります。尿流量測定検査(ウロフロメトリー検査)では、この症状を客観的に評価することができます。
尿の勢いの低下は、排尿後に尿が残っている感覚(残尿感)とも関連しています。完全に尿を出し切ることができず、膀胱に尿が残った状態(残尿)が続くと、尿路感染症のリスクが高まります。
7. 排尿の途切れ:尿が途中で止まる
排尿中に尿の流れが途切れてしまう症状です。
前立腺肥大症が進行すると、尿道の圧迫がさらに強くなり、排尿中に尿が一時的に止まってしまうことがあります。この症状は、前立腺肥大症の進行を示す重要なサインであり、早期の医療機関受診が推奨されます。
排尿の途切れは、排尿時間の延長につながり、トイレでの滞在時間が長くなります。また、完全に排尿できないことへの不安から、頻繁にトイレに行くようになり、日常生活に大きな影響を及ぼします。
8. 残尿感:排尿後もすっきりしない
排尿後にまだ尿が残っている感覚が続く症状です。
前立腺肥大症では、膀胱に実際に尿が残っている場合(残尿)と、残っていないのに残尿感だけがある場合があります。残尿が多くなると、膀胱結石や尿路感染症のリスクが高まり、さらには腎機能障害につながる可能性もあります。
残尿感は、患者の生活の質を著しく低下させます。健康関連QoL質問票では、夜間頻尿は15項目中14項目で有意なスコア低下と関連していることが報告されており、残尿感も同様に患者の満足度を大きく損ないます。
前立腺肥大症の原因とリスク要因
前立腺肥大症の発症には、複数の要因が関与しています。
最も重要な要因は加齢です。前立腺は年齢とともに大きくなる傾向があり、特に50代以降でその傾向が顕著になります。しかし、加齢だけが原因ではありません。
男性ホルモンの関与
前立腺肥大症は「男性ホルモン=直接的な原因」という誤解が長年広まりましたが、実際はそうではありません。加齢や生活習慣、前立腺内のホルモン代謝の変化が影響するもので、血中テストステロン値そのものが肥大を直接進行させるわけではありません。ホルモンバランスは関与しますが、原因と結果は単純ではなく注意が必要です。
より詳しく見る:前立腺肥大症を引き起こす本当の要因とは?加齢・生活習慣・ホルモンバランスを解説
生活習慣病との関連
メタボリックシンドロームや生活習慣病も前立腺肥大症のリスク要因です。
肥満、高血圧、糖尿病、脂質異常症などは、前立腺肥大症の発症や進行と関連していることが指摘されています。これらの疾患は血流障害や炎症を引き起こし、前立腺組織に影響を与える可能性があります。適度な運動とバランスの取れた食生活は、前立腺肥大症の予防にも有効と考えられます。
遺伝的要因
家族歴も前立腺肥大症のリスクに影響します。
父親や兄弟に前立腺肥大症の既往がある場合、発症リスクが高まることが知られています。遺伝的要因は完全には解明されていませんが、前立腺の成長や男性ホルモンの代謝に関わる遺伝子の変異が関与している可能性があります。
前立腺肥大症の診断方法
前立腺肥大症の診断には、複数の検査が用いられます。
これらの検査により、前立腺の大きさ、排尿機能の状態、他の疾患との鑑別などを総合的に評価します。
問診と症状スコア
診断の第一歩は、詳細な問診です。
国際前立腺症状スコア(IPSS)と呼ばれる世界共通の質問票を用いて、排尿障害の程度を客観的に評価します。IPSSは7つの質問から構成され、各質問に0~5点で回答します。合計点数が7点以上の場合、前立腺肥大症の疑いがあります。
IPSSの質問内容には、残尿感、頻尿、尿の途切れ、尿意切迫感、尿の勢い、排尿開始の遅れ、夜間頻尿などが含まれます。また、現在の排尿状態に対する満足度を評価するQOLスコアも併せて測定します。
血液検査(PSA検査)
前立腺特異抗原(PSA)の血中濃度を測定します。
PSAは前立腺がんで上昇する腫瘍マーカーですが、前立腺肥大症でも軽度上昇することがあります。この検査により、前立腺肥大症と前立腺がんの鑑別を行います。PSA値が4.0ng/mL以上の場合、前立腺がんの可能性を考慮し、さらなる精密検査が必要になることがあります。
超音波検査(エコー検査)
腹部に超音波をあてて前立腺の大きさや形を評価します。
超音波検査は非侵襲的で簡便な検査であり、前立腺の体積測定、膀胱の状態確認、残尿量の測定などを行うことができます。前立腺の正常な大きさはクルミ大(約20mL)ですが、肥大症では鶏卵大(50mL以上)になることもあります。
尿流量測定検査
排尿の勢いや時間を客観的に測定します。
専用の測定装置に向けて排尿することで、最大尿流率、平均尿流率、排尿時間などを評価します。前立腺肥大症では、最大尿流率が低下し、排尿時間が延長します。この検査により、排尿障害の程度を定量的に把握できます。
直腸診
肛門から指を挿入し、直腸越しに前立腺を触診します。
前立腺の大きさ、硬さ、表面の状態などを評価します。前立腺肥大症では前立腺が弾性軟に腫大していますが、前立腺がんでは硬い結節を触れることがあります。潤滑ジェルを使用するため、挿入時の痛みは通常軽度です。
前立腺肥大症の治療法
前立腺肥大症の治療には、症状の程度に応じて複数の選択肢があります。
軽症の場合は生活習慣の改善や経過観察から始め、症状が進行した場合には薬物療法や手術療法を検討します。
生活習慣の改善
症状が軽度の場合、まず生活習慣の見直しから始めます。
夜間頻尿を減らすために、就寝前の水分摂取を控えることが推奨されます。ただし、日中の水分摂取は十分に行い、脱水を避けることが大切です。また、カフェインやアルコールは利尿作用があるため、摂取を控えめにすることが望ましいです。
適度な運動も効果的です。ウォーキングや軽いジョギングなどの有酸素運動は、血流を改善し、前立腺の健康維持に役立つと考えられます。肥満は前立腺肥大症のリスク要因であるため、適正体重の維持も重要です。
薬物療法
症状が日常生活に支障をきたす場合、薬物療法が選択されます。
前立腺肥大症の治療薬には、主に以下の種類があります。
α1受容体遮断薬ー尿がスムーズに出るように、尿道の緊張をほぐす薬を使う治療
前立腺や膀胱、尿道の筋肉の緊張を和らげ、尿を出しやすくします。比較的短期間で効果が現れやすく、最もよく使用される薬です。副作用として、血圧低下によるめまいやふらつきが起こることがありますが、現在の薬剤では副作用は軽減されています。
5α還元酵素阻害薬ー前立腺が大きくなる原因を抑えて、ゆっくり縮めていく薬の治療
男性ホルモンの働きを抑えることで前立腺を縮小させます。効果が現れるまでに数ヶ月かかりますが、長期的には前立腺の体積を減少させることができます。副作用として、性欲減退や勃起障害などが起こることがあります。また、PSA値を低下させる作用があるため、前立腺がんの診断に影響を与える可能性があります。
PDE5阻害薬ー勃起だけでなく血流を良くして体の調子を整える薬
もともと勃起障害の治療薬として開発されましたが、前立腺肥大症にも効果があることが分かっています。前立腺や膀胱の筋肉を弛緩させ、排尿症状を改善します。
ただし、これらの薬物療法による夜間頻尿の改善効果は限定的です。複数の臨床試験のレビューによれば、プラセボと比較した場合の夜間排尿回数の減少は0.05~0.3回程度にとどまることが報告されています。これは、前立腺肥大症の主要な原因が夜間尿過剰産生であり、膀胱容量を増やす治療だけでは十分な効果が得られないためと考えられます。
手術療法
薬物療法で効果が得られない場合や、症状が重度の場合には手術療法が検討されます。
代表的な手術法には、経尿道的前立腺切除術(TURP)、ホルミウムレーザー前立腺核出術(HoLEP)、経尿道的水蒸気治療(Rezum)経尿道的前立腺吊り上げ術(UroLift)などがあります。これらの手術は、肥大した前立腺組織を切除または蒸散させることで、尿道の圧迫を解除し、排尿障害を改善します。
手術療法は薬物療法に比べて効果が高く、長期的な症状改善が期待できます。一方で、術後の合併症として、出血、感染、尿失禁、逆行性射精などが起こる可能性があります。手術の適応や方法については、担当医と十分に相談することが大切です。
まとめ:前立腺肥大症と向き合うために
前立腺肥大症は、早期発見と適切な対処が重要です。
排尿に関する症状を「年のせい」とあきらめず、気になる症状があれば早めに泌尿器科を受診することをお勧めします。多くの患者さんは、症状があっても医療機関を受診せず、我慢してしまう傾向があります。しかし、前立腺肥大症は進行性の疾患であり、放置すると重篤な合併症を引き起こす可能性があります。
前立腺肥大症は生活の質に大きな影響を与える疾患です。夜間頻尿による睡眠障害は、日中の活力低下、集中力の低下、さらには糖尿病や高血圧などの健康リスクの増加にもつながります。また、60歳以上の男性において、夜間頻尿と死亡率との関連を示す研究もあります。
適切な診断と治療により、多くの患者さんが症状の改善を実感しています。治療法は症状の程度や患者さんの希望に応じて選択できます。生活習慣の改善から始め、必要に応じて薬物療法や手術療法を検討することができます。
前立腺肥大症について正しい知識を持ち、自分の体の変化に敏感になることが大切です。定期的な健康診断やPSA検査を受けることで、前立腺がんなどの他の疾患との鑑別も可能になります。
前立腺肥大症でお悩みの方、または気になる症状がある方は、ぜひ当院にご相談ください。

〈著者情報〉
泌尿器日帰り手術クリニック
uMIST東京代官山 -aging care plus-
院長 斎藤 恵介