前立腺肥大症とEDの密接な関係
中高年男性の多くが直面する「前立腺肥大症」と「ED(勃起不全)」。
一見別々の問題に思えるこれらの症状ですが、実は深い関係があることをご存じでしょうか。50歳を過ぎると前立腺肥大症の発症率は急激に上昇し、60歳代では約70%、80歳以上では約80%の男性に何らかの前立腺肥大が認められます。そして、この前立腺肥大症を持つ男性は、一般集団と比較してEDを発症する可能性が1.33〜6.24倍も高いというデータがあります。
泌尿器科専門医として長年診療に携わってきた経験から申し上げますと、前立腺肥大症による排尿障害に悩む患者さんの多くが、同時に性機能の低下も感じておられます。しかし、排尿の問題に比べて性機能の悩みは相談しづらく、一人で抱え込んでしまうケースが少なくありません。本記事では、前立腺肥大症とEDの関係性、そして両者を改善するための治療法について、最新の医学的知見を踏まえて詳しく解説します。

目次
前立腺肥大症がEDを引き起こす仕組み
前立腺肥大症とEDの併発には、いくつかの要因が関与しています。
まず注目すべきは、下部尿路症状(LUTS)の重症度とEDの関連性です。国際前立腺症状スコア(IPSS)で測定される排尿症状の重症度は、年齢に関係なくEDの独立した危険因子となることが明らかになっています。特に重度のLUTS(IPSS=20-35)を有する男性は、中等度のLUTS(IPSS=12-19)を有する男性と比較して、EDを発症する可能性が28.7倍も高いという驚くべきデータがあります。
骨盤内血流の低下
前立腺肥大症による排尿障害が続くと、骨盤内の血流が慢性的に低下する可能性があります。勃起は陰茎海綿体への血流増加によって起こる現象ですから、骨盤内全体の血流が悪化すれば、当然ながら勃起機能にも悪影響が及びます。前立腺周囲の組織が肥大し、血管が圧迫されることで、陰茎への血流供給が不十分になるというメカニズムが考えられます。
共通する危険因子
前立腺肥大症とEDには、共通する発症要因が多数存在します。加齢はもちろんのこと、肥満、糖尿病、高血糖、高血圧などの生活習慣病が両者の発症リスクを高めます。これらの要因は血管内皮機能を低下させ、全身の血流を悪化させるため、前立腺肥大症とEDを同時に引き起こしやすいのです。実際、EDとLUTSの全体的な有病率は70%に達し、40歳から増加し始めることが報告されています。
心理的ストレスの影響
排尿障害による日常生活への支障は、精神的なストレスを生み出します。頻尿のために夜間に何度も目が覚める、外出先でトイレの心配をする、尿が出にくくて時間がかかるといった症状は、生活の質を大きく低下させます。このようなストレスや不安は、性欲の減退や勃起障害を引き起こす要因となり得ます。前立腺肥大症の重症度と抑うつ症状には相関関係があることも報告されており、心理的要因がEDの発症に関与している可能性があります。
前立腺肥大症の治療とEDへの影響
前立腺肥大症の治療法には、薬物療法と外科的治療があります。
それぞれの治療法が性機能に与える影響について、正確に理解しておくことが重要です。治療法の選択によっては、EDや射精機能障害のリスクが異なるため、主治医とよく相談する必要があります。
α遮断薬による治療ー前立腺や尿道の筋肉をゆるめる薬で治療する方法
α遮断薬は、膀胱頸部と前立腺尿道のα1受容体を遮断することで、排尿症状を緩和する薬剤です。タムスロシンやシロドシンなどが代表的な薬剤として使用されています。これらの薬剤は勃起機能への影響は最小限とされていますが、射精機能障害(EJD)の発生率が高いことが知られています。特にシロドシンとタムスロシンはEJDの発生率が高く、シロドシンでは用量依存的に射精障害が起こることが報告されています。
一方で、アルフゾシンについては有意なEJDのリスクが報告されていません。性機能を重視する場合には、薬剤の選択が重要になります。
5α還元酵素阻害薬による治療ー前立腺を小さくする薬で治療する方法
フィナステリドやデュタステリドといった5α還元酵素阻害薬は、ジヒドロテストステロン(DHT)レベルを低下させることで前立腺肥大を抑制します。しかし、これらの薬剤には性欲減退、ED、射精機能障害などの性機能への副作用が頻繁に報告されています。性機能障害のリスクは、プラセボと比較して1.57倍高いというメタアナリシスの結果があります。ただし、デュタステリドとフィナステリドのどちらがより副作用が多いかについては、研究によって結果が異なり、明確な結論は出ていません。
外科的治療と性機能
経尿道的前立腺切除術(TURP)は、長年BPH治療のゴールドスタンダードとされてきました。TURPは勃起機能への影響は最小限ですが、射精機能には大きく影響し、逆行性射精の発生率は約52.5%と報告されています。しかし、射精温存TURPなどの新しい技術により、逆行性射精率は80〜91%まで改善されています。
ホルミウムレーザー前立腺核出術(HoLEP)やツリウムレーザー前立腺核出術(ThuLEP)も、勃起機能への影響は最小限ですが、約78.3%の逆行性射精率を示します。射精温存技術を用いたHoLEPでは、順行性射精率が23%から77%に増加したという報告があります。
ED治療薬が前立腺肥大症にもたらす効果
興味深いことに、ED治療薬の一つであるタダラフィルが、前立腺肥大症による排尿障害の改善にも効果があることが明らかになっています。
タダラフィルはPDE5阻害薬と呼ばれるタイプの薬で、陰茎の血管を拡張して血流を増やすことで勃起を促す作用があります。この薬剤は2007年に「シアリス」という商品名でED治療薬として日本で発売されましたが、その後の研究で前立腺肥大症による排尿障害を改善する効果も確認され、2014年には「ザルティア」という商品名で前立腺肥大症治療薬としても承認されました。
PDE5阻害薬の多面的効果ー排尿や血流にも働く幅広い効果
PDE5阻害薬は、単剤療法としても、またα遮断薬や5α還元酵素阻害薬との併用療法としても、LUTSとEDの両方の改善に有効です。515名の患者を対象としたメタアナリシスでは、PDE5阻害薬単独療法およびα遮断薬との併用療法により、IIEF(国際勃起機能スコア)、IPSS(国際前立腺症状スコア)、最大尿流量(Qmax)のすべてが有意に改善することが示されています。
特に注目すべきは、PDE5阻害薬とα遮断薬の併用療法が、PDE5阻害薬単独療法よりもさらに優れた効果を示すという点です。IIEFスコアは併用群で有意に高く、IPSSスコアとQmax値も併用群で有意に改善しました。
5α還元酵素阻害薬との併用効果
PDE5阻害薬と5α還元酵素阻害薬の併用療法も、興味深い結果を示しています。この併用療法とPDE5阻害薬/タムスロシン併用療法を比較した研究では、両群とも同等の排尿症状改善が見られましたが、PDE5阻害薬と5α還元酵素阻害薬の併用群では、性機能のより大きな改善が認められました。
このことから、前立腺肥大症とEDを併発している患者さんにとって、PDE5阻害薬は両方の症状を改善できる有望な選択肢となります。
低侵襲治療と性機能の温存
近年、性機能障害のリスクを最小限に抑えながらLUTSの改善を提供する低侵襲外科的治療法が開発されています。
これらの治療法は、TURPや単純前立腺摘除術と比較してLUTS改善効果は劣るものの、性機能温存の観点から注目されています。
前立腺尿道リフト(UroLift)
UroLiftは、前立腺組織を圧迫するだけで切除や熱焼灼を行わないため、副作用を最小限に抑えられる治療法です。5年間の追跡調査では、IPSS、生活の質、BPH影響指数スコア、最大尿流量のすべてで持続的な改善が見られ、新規の性機能障害を発症した患者はいませんでした。UroLiftとTURPを比較したRCTでは、TURPの方がIPSSスコアとQmax値の改善が優れていましたが、UroLiftは射精機能をより良く温存しました。
水蒸気療法(Rezum)
Rezumは熱焼灼技術を用いた低侵襲治療法です。3つのRCTにより、Rezumが持続的なIPSSスコアとQmax値の改善をもたらし、新規のEDやEJDを発症した患者がいないことが報告されています。Rezumと薬物療法を比較したデータでは、Rezumは性欲減退、EJD、EDに悪影響を与えなかった一方、薬物療法ではこれらの性機能に負の影響が見られました。
前立腺肥大症とEDの治療戦略
前立腺肥大症とEDを併発している場合、両方の症状を改善するための包括的なアプローチが必要です。
治療の選択にあたっては、患者さんの年齢、症状の重症度、性機能の重要性、全身状態などを総合的に考慮する必要があります。
薬物療法を中心としたアプローチ
軽度から中等度の症状であれば、まず薬物療法から開始するのが一般的です。前立腺肥大症の治療としてα遮断薬を使用する場合、射精機能への影響が少ないアルフゾシンを選択することも一つの方法です。また、PDE5阻害薬とα遮断薬の併用療法は、排尿症状とED症状の両方を改善できる優れた選択肢となります。
5α還元酵素阻害薬を使用する場合には、性機能への副作用について十分に説明し、必要に応じてPDE5阻害薬の併用を検討します。PDE5阻害薬は、5α還元酵素阻害薬による性欲低下があっても、勃起力の維持に有効とされています。
外科的治療を選択する場合の配慮
薬物療法で十分な効果が得られない場合や、尿閉などの合併症がある場合には、外科的治療を検討します。
患者さんの年齢や性生活の重要性によって、治療法の優先順位は変わります。若年で性機能を重視する患者さんには、低侵襲治療が適します。高齢で性機能よりも排尿症状の改善を優先する場合にも低侵襲治療は有効な手段と言えます。
生活習慣の改善
薬物療法や外科的治療と並行して、生活習慣の改善も重要です。肥満、糖尿病、高血圧などの生活習慣病は、前立腺肥大症とEDの両方の危険因子となります。適度な運動、バランスの取れた食事、禁煙、節酒などの生活習慣改善は、両方の症状の予防と改善に役立ちます。
特に骨盤底筋体操は、排尿機能と勃起機能の両方に良い影響を与える可能性があります。また、ストレス管理や十分な睡眠も、性機能の維持に重要です。
まとめ:前立腺肥大症とEDの適切な管理
前立腺肥大症とEDは、中高年男性にとって避けて通れない健康課題です。
両者は密接に関連しており、前立腺肥大症を持つ男性はEDを発症するリスクが高いことが明らかになっています。特に重度の排尿症状を有する場合、EDのリスクは大幅に上昇します。
治療法の選択にあたっては、排尿症状の改善だけでなく、性機能への影響も十分に考慮する必要があります。薬物療法では、α遮断薬と5α還元酵素阻害薬がそれぞれ異なる性機能への影響を持つため、患者さんの状況に応じた選択が重要です。PDE5阻害薬は、EDと排尿症状の両方を改善できる有望な選択肢であり、他の薬剤との併用も効果的です。
患者さん一人ひとりの症状の重症度、年齢、性生活の重要性、全身状態などを総合的に評価し、個別化された治療アプローチを選択することが、排尿機能と性機能の両方を最適化するために重要です。f

〈著者情報〉
泌尿器日帰り手術クリニック
uMIST東京代官山 -aging care plus-
院長 斎藤 恵介