GSMとは?閉経関連尿路性器症候群の基礎知識
閉経後の女性に多くみられる尿トラブル。「膀胱炎を繰り返す」「トイレが近くなった」「尿漏れが気になる」といった症状でお悩みの方は少なくありません。実はこれらの症状、単なる膀胱炎ではなく「GSM(閉経関連尿路性器症候群)」が原因かもしれません。
GSMとは、Genitourinary Syndrome of Menopauseの略で、閉経による女性ホルモン(エストロゲン)の低下によって引き起こされる尿路や性器の症状を包括的に表す症候群です。従来は「萎縮性膣炎」「尿道炎」などと個別に呼ばれていましたが、2014年に国際女性性機能学会と北米更年期学会によって提唱された比較的新しい概念です。
女性ホルモンが減少すると、膣や外陰部の組織が薄くなり、乾燥し、弾力性を失います。同時に尿道や膀胱の粘膜も萎縮するため、様々な尿路症状が現れるのです。研究によれば、閉経後女性の50〜70%が程度の差はあれGSMの症状を経験しているとされています。

目次
GSM(閉経関連尿路性器症候群)と膀胱炎の深い関連性
GSMと膀胱炎は密接に関連しています。特に更年期以降の女性が繰り返し膀胱炎を発症する場合、その根本原因はGSMである可能性が高いのです。
通常、膀胱炎は細菌感染によって引き起こされます。しかし、エストロゲンの減少によって尿道粘膜が薄くなると、細菌の侵入を防ぐバリア機能が低下します。また、膣内の善玉菌(乳酸菌)のバランスも崩れ、膣内環境が変化することで病原菌が増殖しやすくなります。
研究によれば、GSMを持つ女性は通常の女性と比較して、膀胱炎を発症するリスクが3〜4倍高いとされています。さらに、フランスで行われた研究では、再発性膀胱炎の女性患者の74.5%が更年期前後または閉経期であり、GSMが頻繁に認められたことが報告されています。
膀胱炎の症状として頻尿、排尿時の灼熱感、恥骨上部の痛みなどがありますが、GSMが原因の場合は抗生物質による治療だけでは根本的な解決にならず、再発を繰り返すことになります。実際、再発性膀胱炎の患者の55%が年間10回以上の膀胱炎を経験しているというデータもあります。
GSMによる膀胱炎と通常の膀胱炎の違い
GSMが原因の膀胱炎と通常の膀胱炎は、症状は似ていますが、いくつかの重要な違いがあります。通常の膀胱炎は一過性の細菌感染で、抗生物質治療で改善することが多いですが、GSMが原因の場合は根本的な組織の変化があるため、抗生物質だけでは再発を繰り返します。
また、GSMによる膀胱炎では、尿検査で細菌が検出されないケースもあります。「膀胱炎っぽいのに尿検査が正常」という状態は、GSMを疑うべき重要なサインです。さらに、性交痛や腟の乾燥感といった他のGSM症状を伴うことが多いのも特徴です。
GSMの主な症状と診断方法
GSMの症状は多岐にわたりますが、大きく分けると「尿路症状」と「性器症状」の2つに分類できます。
尿路症状
頻尿、排尿時の痛み、尿意切迫感、尿漏れ、繰り返す膀胱炎などがあります。
性器症状
腟の乾燥感、外陰部のかゆみや灼熱感、性交痛、腟出血などが挙げられます。
これらの症状は徐々に進行することが多く、初期段階では「年齢のせい」と見過ごされがちです。しかし、適切な治療を受けなければ症状は悪化し、生活の質を著しく低下させることになります。
GSMの診断方法
GSMの診断は主に問診と診察によって行われます。問診では症状の詳細、閉経からの期間、ホルモン補充療法の有無などを確認します。診察では外陰部の視診や腟内診を行い、粘膜の萎縮や乾燥、炎症の有無を確認します。
膀胱鏡検査も有用で、尿道粘膜のひだの厚みや膀胱粘膜の状態を直接観察することができます。正常な尿道粘膜は厚みがありますが、GSMでは薄くなっていることが確認できます。
また、尿検査や尿培養検査も行いますが、GSMの場合は尿検査が正常でも症状がある場合があります。このような場合、「膀胱炎っぽいのに尿検査正常」という状態がGSMを疑う重要な手がかりとなります。
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GSMの効果的な治療法
GSMの治療は、症状の程度や患者さんの状態によって異なりますが、基本的には女性ホルモンの低下を補うアプローチが中心となります。以下に主な治療法を紹介します。
局所エストロゲン療法
GSMの最も効果的な治療法は、腟内に直接エストロゲンを投与する局所療法です。クリームやタブレット、リングなどの形状があり、腟粘膜から吸収されて局所的に作用します。全身への影響が少なく、乳がんの既往がある方でも比較的安全に使用できる場合が多いです。
局所エストロゲン療法は、腟や尿道の粘膜を厚くし、血流を改善することで症状を軽減します。多くの患者さんは使用開始から数週間で症状の改善を実感します。特に再発性膀胱炎の予防に効果的で、抗生物質の使用頻度を大幅に減らすことができます。
保湿剤・潤滑剤の使用
ホルモン療法が適さない場合や、補助的な治療として、腟保湿剤や潤滑剤の使用も効果的です。これらは腟の乾燥を軽減し、不快感や痛みを和らげます。保湿剤は定期的に使用することで効果を維持し、潤滑剤は性交時の痛みを軽減するために使用します。
最近では、ヒアルロン酸やコラーゲンを含む製品も増えており、単なる潤滑だけでなく、粘膜の修復や保護にも役立ちます。
レーザー治療
近年注目されているのが、腟内レーザー治療(インティマレーザーなど)です。これは腟粘膜に微細な熱刺激を与えることで、コラーゲンの生成を促進し、組織の再生と血流改善を図る治療法です。
レーザー治療は非ホルモン療法のため、ホルモン療法が適さない乳がんサバイバーなどにも使用できる利点があります。研究によれば、GSMをもつ乳がんサバイバーへのレーザー治療は、性交痛や外陰部痛の軽減に効果があることが報告されています。
GSMと膀胱炎の予防・セルフケア
GSMによる膀胱炎の再発を予防するためには、医学的治療に加えて日常的なセルフケアも重要です。以下に効果的な予防法をご紹介します。
水分摂取と排尿習慣
十分な水分摂取は膀胱炎予防の基本です。1日1.5〜2リットルの水分を摂ることで、尿の濃度が下がり、細菌が増殖しにくくなります。また、尿意を感じたらなるべく早くトイレに行き、排尿を我慢しないことも大切です。
排尿後に残尿感がある場合は、少し体勢を変えて残りの尿を出し切るよう心がけましょう。残尿があると細菌が増殖しやすくなります。
骨盤底筋トレーニング
骨盤底筋を鍛えることで、尿失禁の改善だけでなく、GSMの症状緩和にも効果があります。骨盤底筋トレーニングは、尿道や膣周囲の筋肉を意識的に収縮させる運動で、日常生活の中で手軽に行えます。
具体的には、尿道と肛門を同時に締めるようにして5秒間キープし、その後5秒間リラックスするという動作を1セット10回、1日3セット行うとよいでしょう。
腸内環境と腟内環境の改善
腸内環境と腟内環境は密接に関連しています。研究によれば、腸内の善玉菌(乳酸菌など)が腟内環境にも良い影響を与えることが分かっています。
プロバイオティクスの摂取は、腸内環境を整えるだけでなく、腟内の善玉菌のバランスを保つのにも役立ちます。特にラクトバチルス菌を含むサプリメントは、再発性膀胱炎の予防に効果があるとされています。
また、刺激物(カフェイン、アルコール、辛い食べ物など)の摂取を控え、腸の健康を維持することも大切です。便秘や下痢を繰り返す過敏性腸症候群の方は、腸の状態を整えることでGSMの症状改善につながることもあります。
GSMと膀胱炎に関する最新研究
GSMと膀胱炎の関連性については、近年さまざまな研究が進められています。フランスで行われた研究では、再発性膀胱炎の女性患者202名を対象に調査が行われました。その結果、患者の74.5%が更年期前後または閉経期であり、GSMが頻繁に認められたことが報告されています。
また、この研究では患者の55%が年間10回以上の膀胱炎を経験しており、抗生物質による治療だけでは根本的な解決になっていないことが明らかになりました。さらに、抗生物質の不適切な使用により、患者の17%が基質特異性拡張型β-ラクタマーゼ産生腸内細菌科細菌のキャリアとなっており、これはフランスの平均の4倍に相当する高さでした。
この研究結果から、再発性膀胱炎の管理においては、身体的特徴と心理的/行動的特徴の両方を考慮した総合的なアプローチが必要であることが強調されています。特に、GSMを適切に診断し治療することで、抗生物質の過剰使用を減らし、耐性菌の発生を防ぐことができるとされています。
非抗生物質療法の可能性
抗生物質に頼らない治療法としては、プロアントシアニジン(クランベリー)などの植物由来の化合物やD-マンノースなどが注目されています。これらは抗菌薬耐性の問題を回避しながら、再発性膀胱炎の予防に役立つ可能性があります。
特にD-マンノースは、尿路病原性大腸菌の1型線毛による膀胱上皮への付着を阻害する効果があることが分かっています。これにより、細菌の定着と感染を防ぐことができます。
また、患者の自律的なセルフケアを支援するための教育と情報提供も重要視されています。患者が自身の状態をより深く理解し、適切に管理できるようになることで、生活の質の向上と医療資源の効率的な利用につながります。
参考文献:再発性膀胱炎:とGMSの深い関係性
まとめ:GSMと膀胱炎の包括的アプローチ
GSM(閉経関連尿路性器症候群)は、閉経に伴うエストロゲン低下によって引き起こされる尿路・性器の症状を包括する症候群です。更年期以降の女性に多くみられ、特に再発性膀胱炎との関連が強いことが分かっています。
GSMが原因の膀胱炎は、通常の抗生物質治療だけでは再発を繰り返すため、根本的な原因であるエストロゲン低下に対するアプローチが必要です。局所エストロゲン療法、保湿剤・潤滑剤の使用、レーザー治療などの治療法があり、患者さんの状態に合わせて選択します。
また、十分な水分摂取、骨盤底筋トレーニング、腸内環境と腟内環境の改善などのセルフケアも重要です。これらを組み合わせた包括的なアプローチにより、GSMによる膀胱炎の再発を効果的に予防することができます。
GSMの症状でお悩みの方は、「年齢のせいだから仕方ない」と諦めず、ぜひ泌尿器科や婦人科を受診してください。適切な診断と治療により、症状は大きく改善する可能性があります。私たち医療者は、患者さんが自身の状態を理解し、より自律的に管理できるよう、サポートしていきたいと考えています。

〈著者情報〉
泌尿器日帰り手術クリニック
uMIST東京代官山 -aging care plus-
院長 斎藤 恵介